患者さんは元気に歩いているし、息苦しさも訴えていない。だから呼吸状態は問題ないはず……。バイタルサインの中でも、呼吸数はついつい優先順位を下げたり「いつも通り」と決めつけてしまいがちではありませんか。目に見える異変がないからこそ、数値に隠されたサインを読み解くアセスメントが求められます。看護学生時代、怖い指導看護師への報告を優先し、患者さんの真の姿を見落としていた私の苦い経験から、看護の観察眼の深さを振り返ります。
「で?呼吸数は?」——あの日の実習が教えてくれたこと

看護学生時代の成人看護学実習のある日のことです。受け持ちのAさん(60代後半・男性)は、翌日に心臓カテーテル検査を控え検査入院中でした。ご本人は至って元気で「明日の検査が終わればすぐ帰れるんだよね?」とリラックスして過ごされていました。特に変化のない検査前日。私は、ただ形式的にバイタルを測定し担当看護師に報告に向かったのです。
この日の担当看護師は、看護学生たちに「チェックナース」と呼ばれていた厳しい方。「怒られたくない……」と思いながら、測定してきた体温、脈拍、血圧を報告すると、冷淡に問いかけました。「で?呼吸数は?なんで報告がないの?」
不意を突かれた私は、「歩行も自立しているし、呼吸苦もないので不要だと思いました」とは言えず、慌てて測り直しに戻りました。あろうことか、「正確に測らなければ」と焦るあまり、Aさんに「呼吸を測るので、一度横になってください」と指示。不自然な安静環境を作り、呼吸数を測定し、測定したらそそくさと退室……。そして、担当看護師に怯えながら再び報告しました。そこで待っていたのは「なんのために呼吸数を確認したのかわかっているの?」とさらに厳しい追求でした。
振り返り—今ならわかる

今の私なら、普段の呼吸状態を知らずに、検査後に観察をしても異常の発見に気付けないため、指導してくれていたのだとわかります。
あの時の私は、平時の呼吸状態を観察することの重要性を理解していないだけでなく、自分の達成しか考えられていませんでした。

呼吸数は、バイタルサインの中で最も代償機能が反映されやすく、全身状態の変化をいち早く知らせる先行指標。ある研究では、呼吸数、心拍数、血圧などの異常項目の中で、唯一呼吸数だけがその後の生存率に有意な差をもたらしたと報告されています。つまり、呼吸数の異常に早期に気づき、介入出来ることが重要なのです。Aさんのような心不全リスクのある患者さんでは、元気に見えても心機能の低下を呼吸数で補おうとする、代償期かもしれません。自立して歩けているからこそ、安静時や歩行後の微細な呼吸の乱れが、増悪を捉えるための決定的な情報だったのです。当時の私は、指導者に提出するための数値を手に入れることを優先するあまり、患者さんへの説明や配慮のない呼吸数の測定でした。看護の対象であるAさんを置き去りにせず、身体の観察を関連させて考えることの重要性を教えてくれていました。「チェックナース」と呼ばれていた看護師こそ、本当に後輩を育成しようとする姿勢の現れだったのです。
学びとまとめ
この経験から学んだのは、呼吸数の測定は軽視されがちな反面、異常の早期発見にとても有効ということです。
看護学生や新人の頃は、つい血圧やSpO2の数値に意識が向き、呼吸数を後回しにしてしまいがちです。しかし、呼吸数は単なる数字の記録ではありません。「なぜ呼吸数を見るのか」という根拠を知ることは、患者さんの変化に早期に気づき命を守るための行動の根拠となります。今でも、たびたびあの日の鋭い指摘を思い出します。



