在宅で認知症の方を支えると、治療や生活の変化によって思いがけない課題に出会います。私が在宅看護実習で経験したのは、認知症看護の中でも「在宅酸素療法の導入」と、それに伴う「火の取り扱い」です。80代の独居女性Aさん。認知症はHDS-R10点以下と重度の独居生活の上に、間質性肺炎の進行により在宅酸素療法が導入されました。
事例:認知症を患うAさんの在宅酸素療法中の火の取り扱い
酸素吸入は、心肺機能を助けるために欠かせない治療ですが、同時に「火を燃えやすくする」という危険が伴います。入院中は酸素装着中の患者自身が火を取り扱うことがなく、問題視する必要はありませんが、在宅ではそうはいきません。小さな火でも一気に燃え広がり、火事や爆発につながる危険があるため、酸素吸入中は「火気厳禁」が絶対条件です。
今回、Aさんには“料理=火を使うもの”という習慣が残っており、声掛けや注意では行動を止められませんでした。
問題になった場面

自宅内には、酸素濃縮器の近くに大きな字で「火気厳禁!」と書かれた張り紙が数か所にありました。また、ガスの元栓は閉められ、見えないようにテープでぐるぐる巻きに固定されました。
さらに調理の必要がないように、昼夕2回の配食弁当が手配されていました。
訪問中には「酸素を吸っているので、火は危ないです。使わないでくださいね。」と伝え、配食弁当が届くこと、朝食のパンを焼くトースターは使用できることを説明しました。
その場では「はい、わかりました。」と話を聞いてもらえたのですが、翌日には、固定していたガスの元栓のテープがきれいにはぎとられていました。
食事の時間にはこれまでの習慣でガスの火を点けて、お湯を沸かしていたのです。
認知症には「新しいことは記憶に定着しにくく、長年の習慣は体に残る」という特徴があります。禁止や制限だけでは安全は守れないことを痛感し、むしろ混乱や不安を強めてしまうこともあると考えさせられました。
行なったケアと工夫

そこで行なったことは、次の通りです。
・認知症の特徴とAさんの残存機能の整理
・できることに合わせて視覚に訴える張り紙の作成
文字を読め、写真は理解でき、短期的な指示は受け入れられるAさん。
安全に暮らすために伝えたいことを、ガスコンロの前に立った時に目に入る高さに張り紙を掲示しました。
張り紙に工夫したことは、以下の2点です。
・「酸素は火を大きくします。火を使うと火事になります」と理由を示し、消防車のイラストを添えた。
・朝食はトースターで焼いているパンと電気ポットとインスタントのスープを並べた画像、昼夕食は、電子レンジで温めている配食弁当の画像を準備して、代替行動が視覚で確認できる写真を提示。
ケア後の変化

翌日の訪問では、それまでは毎回外されていたガスの元栓を固定するテープがそのまま残され、電子レンジと電気ポットを使って食事ができていました。
その後も定着し、在宅酸素療法をしながら安全な食生活を続けられるようになりました。
この体験から学んだのは、認知症の方には“忘れる特性”と“残る習慣”があるということ。
言葉での禁止や物理的な制限だけではなく、残っている能力に合わせた工夫で安全な行動につながったということでした。在宅看護は、危険を管理するだけではなく、安全にその人らしい生活を続けられる工夫を一緒に考えることです。利用者がもつ力を適格に判断し、自立した生活を支えるためにケアを模索することが大切だと学んだ経験でした。
【まとめ】
・認知症の方は、新しい情報は定着しにくい一方で、長年の習慣は比較的持続する
・単なる禁止や注意だけでは、安全な行動に結びつきにくい
・行動の背景を理解し、残存能力に合わせた工夫が必要である
・自立した生活を安全に続けられるよう支援することが重要である



