私は緩和ケア目的で入院している患者さんを実習で受け持ち、「何もできない」と思い悩んだ経験があります。治療がなくなった状況に「看護とは何をすればいいのか」と自分に無力感を抱いていました。しかし振り返ると、患者さんのそばで静かに過ごす時間や、日常ケアのひとつひとつが、実は安心につながっていたのではないかと思います。私にとってこの経験は、看護の本質を考える大切な学びとなりました。
患者背景と実習場面

学生のころ、実習で末期がんの患者さんを受け持ちました。治療の選択肢はほぼなく、治療方針が苦痛の緩和へと切り替わったタイミングでした。
治療の選択がないことを目の当たりにしてショックが大きかった様子の患者さん。以前のように会話をされることも少なくなっていました。私は「もう治療がない」という現実を前に、看護学生として何ができるのかわからず、病室に入るたびに胸が苦しくなっていました。
当時の私が感じていたこと
当時の私は、看護とは「ケアを提供すること」「問題を解決すること」だと思っていました。点滴管理もなく、治療もない。そのような状況のなかで学生の自分は、患者さんの役に立てていない気がしていました。
声をかけても返事がないことも増え「何か話さなければ」と焦り、逆に患者さんの表情が曇ることもありました。「何もできない自分」が情けなく、実習が終わると毎日落ち込んでいたことを覚えています。
振り返り ― 今ならこう関わる

今振り返ると、患者さんは「自身の人生が終わろうとしている不安」や「周囲が気を遣って本音が言えなくなる孤独」のなかにいたのではないかと思います。
もし今の私なら、無理に会話を続けようとせず、そこにいる患者さんを受け入れるでしょう。ベッドサイドに座り、患者さんの呼吸や表情を静かに感じながら、その人のペースに合わせて関わると思います。一日一日を患者さんが、少しでも安心して楽に過ごせるように一緒に考えます。
清拭や体位調整といった日常ケアも、患者さんにとって安心をもたらすものです。「楽な姿勢はありますか」など声をかけながら「安心して過ごせる時間をつくる」大切な看護の場面だと捉えるでしょう。
学びとまとめ
ターミナル期の看護では、治すことはできなくても、支えることはできます。
学生だからできないのではなく、学生だからこそ、忙しさに追われず、時間をかけてそばにいることができます。治療がない患者さんにとって「話を聞いてくれる誰か」「そばに座ってくれる誰か」の存在は大きいと思います。積極的な治療がなく目立った看護ケアの提供ができなくても、患者さんの心に寄り添うことも看護の役割だと学びました。
「何もできない」と感じたあの時間は、実は私自身が看護の本質に触れていた大切な時間だったのです。



