受け持ちの患者さんから「いつもありがとう」とお菓子を差し出される場面で困った経験はありませんか。私には、断っても「バレなきゃ大丈夫」「私とあなたの仲じゃない」と繰り返し言われ、うまく断りきれずに気まずい思いをした実習での経験があります。当時の私は、どうしていいか分からずその場を立ち去るしかありませんでした。今回は、私の当時の経験を振り返りどのように対処すればよかったのか、今ならどうするのか、をお伝えします。
1. 患者背景と実習場面

成人看護学実習で受け持った70代のAさんは、大腿骨を骨折し、リハビリ病棟に移って2ヶ月が経過していました。当初は頻繁に面会に来ていた娘さんも、仕事が忙しくなったのか週に一度着替えを届けるだけになってきた頃、私が学生として担当になりました。
毎日のリハビリに同行する私を、Aさんは孫のように可愛がってくれていました。実習も中盤に差し掛かったある日「いつも一生懸命やってくれてありがとう。これ、持って帰って」と、引き出しに隠していた小箱のお菓子を差し出しました。
突然の出来事に驚き「もらえません」と咄嗟にお断りしました。しかし、Aさんは「堅苦しいこと言わないで」「黙っていれば大丈夫よ」と、少し寂しそうでちょっと強引な態度を崩しません。断る言葉が尽きてしまい、でも受け取ってはいけないともわかっている私は、気まずい沈黙に耐えられず「失礼します」と逃げるように病室を出てしまいました。そして、その日はそれ以上Aさんのもとに足を運べず、翌朝もAさんにどんな風に声をかければいいのかわからず、病室の前でしばらく立ち止まったままだったのを今でも鮮明に覚えています。
2. 振り返り ― 患者さんの心情と「受け取らない」真の理由

今振り返れば、Aさんが執拗にお菓子を勧めたのは、単に物をあげたかったからではないとわかります。入院生活が長引き、娘さんの面会頻度が減り「自分を必要としてくれる人はいるのだろうか……」と言いようのない不安と孤独を抱えていたのではないでしょうか。
Aさんにとってお菓子を贈る行為は「目に見える形」で感謝を伝え、自分自身の存在価値を確認しようとする切実なサインだったのだと感じます。「される側」ばかりの入院生活において、誰かに何かを「してあげる」側になれる瞬間ーー。失いかけた自尊心を取り戻すために無意識にAさんがとった行動だったのかもしれません。
当時の私は、ルールを守ることに精一杯でAさんの「私という存在を認めてほしい」という本心にまで思いが至りませんでした。「受け取れない」事実は変えられなくても「贈りたい」というAさんの感情の重みを、受け止める心の余裕が当時の私にあれば、あんなに気まずく退室せずにすんだはずです。
3. 学びとまとめ

もし今、同じ場面に遭遇したら「Aさんにそう言っていただけるほど、私の思いが届いていたんですね。嬉しいです」と、相手の善意を100%肯定します。その上でこのように伝えます。「お菓子をいただかなくても、Aさんが私を孫のように思ってくださるそのお気持ちだけで、私は十分すぎるほどたくさんのものをいただいています。だから、このお菓子はAさんの元気の源として大切に持っていてください。その代わりに、また明日もここでお話しを聞かせていただけますか?」
物品の受け取りを辞退することは、プロとしての境界線を守るために必要です。しかし、そこにある「感謝」や「存在価値」まで拒絶してはいけません。物品は辞退しても、相手の「思い」を言葉で最大限にキャッチし、それを「これからのケアの糧にする」と伝えること。それこそが、患者さんの自尊心を守り、真の意味での信頼関係を築くプロの振る舞いなのだと学びました。
もし断って気まずくなってしまっても、翌日は勇気を持って明るく挨拶に行きましょう。「昨日はありがとうございました。お気持ち、本当に励みになりました!」と一言添えるだけで、硬直した関係はほぐれます。感謝の気持ちを言葉でしっかりキャッチボールすることこそが、孤独を抱える患者さんへの最高のケアになるのです。



