「はい、終わりました。ここ、ギュッと肘を曲げて押さえておいてくださいね〜」。採血室や病棟で、無意識にこのフレーズを使っていませんか? 実はこれ、現在のエビデンスでは「内出血を助長させるNG指導」になりつつあります。「そう教わったのに」「止血バンドがあるから大丈夫でしょ?」そんな現場の当たり前を最新知見でアップデートし、患者さんに信頼される「止血のプロ」を目指しましょう。
1. そもそも止血はどう起こるのか

採血後の適切な対応を理解するために、まず止血のメカニズムを整理しましょう。
1. 一次止血(血小板血栓の形成): 血管が傷つくと、まず血小板が傷口に集まって「仮の蓋」をつくります。これが一次止血です。通常数分で起こりますが、この時点での蓋はまだ非常に脆く、少しの刺激で剥がれてしまいます。
2. 二次止血(フィブリン網による補強): 続いて、血液中の凝固因子が連鎖的に活性化し(凝固カスケード)、フィブリンという網目状の物質が血小板の蓋をがっちりと固めます。これが二次止血です。
私たちが圧迫を行う目的は、この二次止血が完了して血管壁が修復されるまでの間、外側から血管内圧に対抗して血液の漏れを防ぐことにあります。なんとなく押さえるのではなく、止血のプロセスを物理的に介助しているという認識が重要です。
2. 「肘を曲げる」がNGな医学的根拠

「肘を曲げて押さえる」と指導されてきた背景には、単に手が塞がらず、力が入りやすいという利便性がありました。しかし、複数の臨床研究により、この習慣が内出血を招くリスクが証明されています。
まず知っておきたいのが、筋肉の動きによる「組織のズレ」です。肘を曲げると、上腕二頭筋が収縮し、それに連動して穿刺部位の皮膚や組織がググッと動いてしまいます。これは、乾きかけのボンドの上に紙を貼り、その下で土台を動かして剥がしてしまうようなもの。せっかく形成されつつあったデリケートな血小板の蓋(一次止血)が、この物理的なズレによって引き剥がされてしまうのです。さらに静脈圧の上昇という問題も見逃せません。肘を深く曲げると、関節部分で血管が物理的に圧迫され、末梢から心臓へ戻ろうとする血流が阻害されます。せき止められた血液によって穿刺部付近の静脈内圧が急上昇し、行き場を失った血液が血管の穿刺孔から皮下組織へと押し出されてしまいます。これが、皮膚の下で広がる「血腫(内出血)」を引き起こす大きな要因となります。ても「贈りたい」というAさんの感情の重みを、受け止める心の余裕が当時の私にあれば、あんなに気まずく退室せずにすんだはずです。
3. 現場でやりがち!止血を台無しにする3つのNG行動
現場でよく見かける、止血を台無しにする3つのNG行動を確認してみましょう。
1. チラ見:「もう止まったかな?」と圧迫中に何度もコットンをめくる行為。網を張り始めたフィブリンをその都度引きちぎり、凝固プロセスをゼロからやり直させることになります。
2. マッサージ:筋肉注射と勘違いし、揉もうとする患者さんがいます。これは皮下組織を破壊し、血液を周囲に拡散させてしまうため注意喚起が必要です。
3. バンドまかせ:止血バンドを巻いて安心し、皮膚との密着を確認しないこと。バンドが浮いていたり、圧が不十分だったりすると、隙間から漏れた血液で服の袖を汚す大惨事に繋がります。
4. 【アセスメント】止血困難なリスクを見極める

日々の業務の中で、すべての患者さんに一律で「2〜3分押さえてください」と指導していませんか。実はここには大きなリスクが潜んでいます。まず、一般的な患者さんの場合でも、標準採血法ガイドラインでは止血が完了するまで5分程度の経過観察が推奨されています。そのため「2〜3分でパッと離して終わり」にするのは不十分なケースがあります。さらに、抗凝固薬を内服している患者さんは特に注意が必要です。ワーファリンやDOAC(直接経口抗凝固薬)、あるいは抗血小板薬2剤併用療法(DAPT)などを受けている方は、体内で血栓ができるまでに通常よりも長い時間を要します。一般的な止血時間は通用せず、最低でも10分間は持続して圧迫を続けるよう促す必要があります。
また、肝機能が低下している患者さんや透析治療を受けている患者さんも、凝固能が不安定になりやすく、慎重な対応が求められます。数値や背景に不安がある方の場合は、止血ベルトを巻いただけで安心せず、必ず看護師自身の目で穿刺部を確認し、完全に止血したことを見届けましょう。
5. 患者さんの行動をコントロールする「伝え方」
多くの患者さんがつい肘を曲げてしまうのは、単に「手が塞がって不便だから」と「以前そう教わっているから」という理由がほとんどです。この無意識の行動を変えてもらうためには、単なる禁止命令を伝えるのではなく、納得感のある理由と具体的なアクションをセットで伝えることがポイント。「肘を曲げてしまうと、せっかく固まりかけた血の蓋がズレてしまうんです。だから、腕をまっすぐ伸ばしたまま、反対側の手でグーッと押すように、5分間だけ力強く押さえてください。後で腕が青く腫れたりしにくくなりますよ」といった具合に声をかけます。このように「〜しないで」ではなく「まっすぐ伸ばして押さえる」という具体的なアクションを指示し、さらに「内出血を防げる」という患者さん自身のメリットを強調することで、患者さんの納得感と協力度は格段にアップします。
まとめ
・止血には「仮の蓋」を止める一次止血と、「蓋をかっちり止める」二次止血がある。
・腕を曲げた止血は筋肉のズレや静脈圧迫による内出血のリスクが伴うためNG
・止血の3大NG行動は①チラ見②マッサージ③止血バンドへの過信
・抗凝固薬服用患者では10分以上圧迫するよう促す。
・患者さんには腕を伸ばししっかり圧迫するための、理由と具体的なアクションをあわせてお伝えする



